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2007/10/01

「政治哲学」とは何か:ディビッド・ミラー『1冊でわかる:政治哲学』

政治哲学 (1冊でわかる)政治哲学 (1冊でわかる)
デイヴィッド・ミラー

by G-Tools

・「政治哲学」を題した入門書は、往々にしてつまないことが多い。というのも、いわゆる政治哲学の「歴史」(プラトンから始まって、中世アウグスティヌスを経て、ホッブズ・ロックによる近代の社会契約論を通過し、19世紀のヘーゲルとマルクスに至る)の散漫な記述であることが多いからである。あるいは、「哲学」の「専門用語(ジャーゴン)」を著者の嗜好によって「政治」風に味付けしただけで、結末だけ聞けばどこかで聞いたような話であることも少なくない。

・本書はそうした「政治哲学」に対する先入観を払拭する良書である。入門書というスタンスを取りながらも、単に「政治哲学者」の思想の解説に終始することはないし、自己の政治スローガンを「哲学」の「専門用語」を使って押しつけるということはしていない。本書で行われているのは、政治学で重要となるキーワード(権威、自由、正義など)の意味を「言葉」の問題として丹念に辿り、その意味を明らかにしていくというものである。

・例えば、第5章「正義」においては、「正義」が単なる統治者の所有すべき「徳」以上のものであり、共同体の運営において根源的なものであることが、まず確認される。そして
ユスティニアヌスの「正義は各人に各人の分をもたらす恒久的かつ永遠の意思である」という言葉から、「正義」について三つの要素を分析の指標として提示する。すなわち、それが(1)「個々の人間」の取り扱いに関わることであり、(2)恣意性のない「一貫性」のある仕方での取り扱いに関わることであり、(3)何らかの「比例性」に基づく取り扱いであるということである。

・著者はこうした問題が、多分にその文脈に関わるものであることを、平易な事例を挙げて解説を行う。例えば、「100ポンドをどのように分配するか」という点についても、それが(a)雇い主として雇用者に配分するのか、(b)飢えた人への配分するのか、(c)懸賞エッセイの賞金なのか、(d)宝くじの当選金なのか、という文脈において、強調される指標は異なってくる。著者は、その「答え」自体は一般に直感的に把握しえるものでありながらも、それを「理論化」し一般原理化するときに困難となることが多いと指摘している。

・著者はまた「社会-正義」という文脈での政府の役割への言及を行っている。ジョン・ロールズ『正義論』の議論が紹介され、(1)他の社会成員と両立する自由の保証、(2)社会的地位へのアクセスの平等、(3)所得の不平等の正当化が最も恵まれない人の利益となること、をロールズの正義論における重要な柱として提示する。著者ミラー自身は、最終的には、ロールズの(1)と(2)に同意しながらも(3)の「格差原理」を異なるもので代替することを自己の提言としている。つまり、(3)をソーシャル・ミニマムの保証(=最小限の「ニード」の保証)と、真価(desert)の原理(=功績に応じた比例的配分)による配分によって補完しようと試みている。

・結論だけをみるだけならば、結局ロールズの議論を変形させたものでしかすぎないようにも見えるし、「実際のところ、社会正義を追求すれば、我々はある種の市場社会主義の方向へ導かれれるかもしれない」(123頁)かどうかは疑問に思う。だが、重要なのは、そうした著者自身の「結論」ではなく、そうした結論に辿りつくまでのプロセスであり、「言葉」の意味の検証をどのように行うのか、という点であると私は思う。つまり、多様な意味合いを持つ「正義」という言葉について、どのような要素が失われると「正義」とは呼べなくなるのかという点について、具体的事例を挙げながら検証されていること、そのことの重要性は高く評価されるべきである。そのような「言葉」の地道な検証こそ、「政治-哲学」が取り組むべきであることを改めて気づかせてくれた点に本書の大きな功績を感じる。

・訳文も全般的に読みやすく、政治哲学書にありがちな専門用語(ジャーゴン)の羅列となっていない点に好感を感じる。巻末の訳者による解説も、イギリス分析哲学の見取り図が提示されるなど非常に有益である。「政治学」を勉強する初学者のみならず、「政治学は何のためにあるのか」という問題を問い直すためにも、読まれるべき一冊であると思う。

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