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2008/04/07

ハンナ・アーレントとは誰か――『人間の条件』

人間の条件 (ちくま学芸文庫) 人間の条件 (ちくま学芸文庫)
Hannah Arendt 志水 速雄

by G-Tools

・私が担当した(前記事参照)、アーレント『人間の条件』について。初学者向けのものなので、私自身の解釈や読み込みよりも、平易な解説に努めています(訳語も、ほぼちくま学芸文庫版のものに従っています)。
「労働」(labor)「仕事」(work)と区分される、政治行為としての「活動」(action)、ギリシア・ポリスを範にした「公的領域」と「私的領域」などは、『人間の条件』自体を読んでいない方でも聞いたことがあるかもしれません。その内容がどういったものか分かりやすく書いたつもりです。

・個人的に注目して欲しくて字数を割いたのは、この政治行為「活動」が「言語行為」とされていること、そしてその不確実性についてのアーレントの言及です。この辺は『人間の条件』で読み飛ばされたり、あまり理解されていないような気がします。簡単に言えば、「コトバ」の意味を人間が完全にコントロールすることがそもそも不可能であり、政治の相互「理解」は「誤解」を常に伴うということです。当たり前と言えば当たり前のことなのですが、こうした言語行為の不確実性を認めることから出発してる点に、アーレントの議論の意義があると私は考えています。「王様は偉大だ」というコトバが「王様は裸だ」といってしまうこと。この「コトバ」自体が危ういものであることを見据えると同時に、その可能性を論じていることに、アーレントの面白いところがあるような気がします。

・だから、市民運動論などで「新しい公共圏」の方へとアーレントを結びつけるのは、性急な感じがします。アーレントはドイツでの「全体主義」に至る「大衆運動」と、アメリカでの「市民運動」の両方を目の当たりにしており、この「大衆」と「市民」への目配り、あるいはその境界への言及こそ、アーレントを論じるうえで重要なものだと思います。

・この『人間の条件』何度か読み返してみましたが、「正直よく分からない」部分もいろいろあります。一読すると、古代ギリシアを賛美しているように読めますが、アーレント自身は古典古代の専門家でもないし、説得力のない部分も多い。ヘロドトス『歴史』のイソノミアの話など「こじつけ」としか言えないところもあります。この点もふまえて、現在、博士論文を本にする作業をしているところです(今年中に出版予定なのですが……)。

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コメント

はじめまして。
「言語行為の不確実性」についてのお話大変興味深く読ませていただきました。
私は、今、アレントで卒業論文を書こうと勉強しているのですが、『全体主義の起源』を読んでいると「必然性の支配」が全体主義の根本にあるという感じを受けています。しかし、人間の自由意志の問題ともかかわってくると思うのですが、やはり、偶有的であるということが人間の本質と密接に関係していると私は思います。このサイトの記事を読んでいて、言語行為こそ最も身近な偶有性なんだと腑に落ちました!

コメント有り難うございます。卒論ということですでに読まれていると思いますが、この辺は33節~34節あたりのactionの「不可予言性」「不可逆性」「非制限性」の話ですね。わたしも『起原』のほう読み直しているところです。

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