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2008/11/30

「暴力」とは何か?――アーレントと『共和国の危機』

暴力について―共和国の危機 (みすずライブラリー) 暴力について―共和国の危機 (みすずライブラリー)
Hannah Arendt 山田 正行


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・ハンナ・アーレントが、自分の仕事は「哲学」ではないと言ったことはよく知られている。もともと彼女はハイデガーやヤスパースらの「哲学」に従事しながらも、アメリカに渡って『全体主義の起原』でブレイクする前は、歴史家と時事評論家の中間のようなフリーランス・ライター(1945年11月18日ヤスパース宛の手紙)の仕事をしていた(その他、編集者、大学講師、ヨーロッパ・ユダヤ文化再興委員会調査主任などの仕事もしていた)。

この「時事評論家」という仕事はアーレントの政治思想の重要な一部であった。弟子のE・ヤング=ブルーエルの証言では、アーレントは常々、抽象的な哲学や理論ではなく、事件や事実から考えることを重んじていたらしい(この点については、エリザベス・ヤング=ブルーエル『なぜアーレントが重要なのか』に記されている。『図書新聞』で拙書評が近々掲載予定)。

60年代アメリカの動乱(学生運動、公民権運動など)についてアーレントが綴った『共和国の危機』(1969)は、この「時事評論家」のセンスが存分に発揮されたものである。同書には「政治における嘘」「市民的不服従」「暴力について」といった論文が収められているが、これらでは同時代の時事問題に対して、政治思想の視点から鋭い分析が行われている。

この中での「暴力について」(邦訳97-194頁.)での論点を整理すると、

「権力」power とは脅迫に対する一時的な服従と違い、あらゆる政治集団の存在自体に内在するものであり、支配への服従と呼ばれる現象の背後には何らかの支持と同意が存在する。その点においては民主政は当然として、君主政、専制体制でも広い意味での多数者の同意を必要とする。また全体主義でさえも秘密警察と密告者の網の目という「権力」なくして存立することはできない。

②「暴力」violence とはこれと違って目的に対する手段という道具性が第一義としてあり、それゆえ手段として行使するための「正当化」が絶えず求められる。「暴力」は個人の「力」strength の延長として存在し、個人/集団どちらによっても行使されるが、集団レベルでの「暴力」には「権力」の付与が先行する。つまり「暴力」のみで成立する政治共同体は原則存在しない。仮に「暴力」のみで組織することができるとしたら、それは「人間という要素を完全に抹殺し、おそらく一人がボタンを押せば意のままに破壊することができるロボット兵士の開発によってのみ」である。

③それゆえ「権力」なくして集団的な「暴力」は存在せず、「権力」は通常「暴力」の上位にある。しかしながら「権力」と「暴力」とが衝突した場合、「権力」は「暴力」によって崩壊を余儀なくされる。その点でガンジーの非暴力的抵抗の相手がイギリスではなくロシアや日本であったら、大虐殺と屈服という別の結末もあり得た。イギリスが剥き出しの「暴力」を回避したのは、それが「権力」の大幅な失墜となるからであり、その点で絶えず「暴力」に頼らざるを得ない専制政治は「権力」の脆弱さの裏返しを意味する。

アーレントは「権力」、「暴力」、「力」、「権威」authority、「強制力」force といった用語が政治学では混乱しているとし、これらを精緻に定義しようと試みた。「権力」と「暴力」とを区分した上でその関係性(そして相反性)を明確にしようとしたのはその端的な事例である。しかしながらそれは、彼女自身が「非暴力主義」という政治的主張を持っていたことと同義ではない。アメリカ亡命直後のアーレントがユダヤ系論壇で注目されたのは、ナチス・ドイツとの「話し合いによる解決」の欺瞞を告発し、ユダヤ人軍隊の創設の必要性を訴えたからであった。

この「暴力について」では、黒人や学生の暴動が事例として取り上げられているが、これらの運動に対してアーレントの態度は微妙である。一方では、官僚化が進み、有効な政治的異議申立が困難となる中で、社会変革に対する貢献を行うものとして一定の評価が与えられている。しかしながらその他方、黒人や学生の無謀な要求が突きつけられることで、それに対する白人・警察の「暴力」的な巻き返しが行われうるという事態も危惧していた。ここでの問題は「暴力か非暴力か」という境界ではなく、「暴力」が「正当化」を確保できるかどうか、予測しうる短期的な目標を実現する手段として適正かどうかという点にある。こうした「暴力」へのスタンスはアーレントの議論全般に見受けられる、と私は考えている。

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秋月誠仁と申します。はじめてコメントします。アーレントに関して参考になりました。ありがとうございます。

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