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2009/05/21

ハンナ・アーレント、あるいは波瀾万丈な人生

・ハンナ・アーレントが語る「公共性」とはどういうものか? 政治行為 action とは何か? 論者によって議論は多様で、ある研究者はこの混沌とした解釈状況を皮肉を込めて「ロールシャッハ・テスト」と呼んだ(笑)。私の理解については過去の記事でも触れたが、近々(今年の夏か秋ぐらいの予定)に拙著が出る予定なので、そちらで明らかにしたい。

ハンナ・アーレント伝ハンナ・アーレント伝
荒川 幾男 本間 直子 原 一子

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・アーレントの思想の中身はひとまずおいて、どういう経歴を辿ったのかについては、エリザベス・ヤング=ブルーエル『ハンナ・アーレント:世界への愛』(邦訳『ハンナ・アーレント伝』)でおおよそのことは知られている。一言で言えば(例えばロールズやハーバーマスなどよりも)波瀾万丈な人生であった。代表的なものを挙げても、

・14歳のときに学校をボイコットし、放校処分。独学でアビトゥーア(高校卒業資格)を取得。原因は、「思いやりのないことで有名だったこの学校のある若い教師が、一五歳の少女の感情を気づけることをひとこと言った」からだという(73頁)。その一言は未だに不明。

・当時マールブルク大学で教鞭を取っていたハイデガーと不倫関係に陥る。アプローチしたのはハイデガーからだったらしい(この辺はハイデガー側のラブレターしか残ってないので詳細は不明)。むろんお堅い大学町で不倫関係は御法度で、両者はバレないように細心の注意を払っていた。

・その不倫関係は、アーレントが他の大学に移ることで一端終了したように見えたが、両者の関係はその後も続いていたらしい。ハイデガーからの呼び出しには「仕事や友人や義務を投げ捨てて会いに行っていた」(116頁)。両者の決定的な断絶は、ハイデガーがナチスに魅了されて党員になったからであることは今日よく知られている。

・不倫の挫折からユダヤ人哲学者ギュンター・シュテルンと結婚したが、結局それも失敗し離婚(アーレント曰く「なんとなく誰でもいいという気分から、愛してもいない人と結婚しました」『アーレント=ハイデガー往復書簡』no.49)。フランス亡命時代にハインリヒ・ブリュッヒャーと再婚(アーレント33歳、ブリュッヒャー41歳)。だが、シュテルンとの友情関係は続いていたようで、フランスからアメリカ行きのビザを用意してくれたのは、ほかならぬ別れたこの元旦那であった(228頁)。

・フランスでもドイツ開戦以前から反ユダヤ主義が高まり、抑留キャンプに「敵性外国人」として収容される。このとき、再婚したブリュッヒャーとフランスで危うく生き別れになるが、偶然に再会(ヤング=ブルーエルはこの再会を「世界史の幸運な詭計」と表現している)。

・ビザの下りない母親を友人に託し、夫とアメリカに亡命。財産は「所持金25ドルと〈アメリカ・シオニスト機構〉からの月額70ドルの給付金」(235頁)。英語を習得しながら、ドイツ語新聞『アウフバウ』に公開状を送り「ユダヤ人は軍隊を持つべき」という論陣を張り、コラムニストとして採用される。渡航後、夫ブリュッヒャーはしばらく働く気力がなかったらしく、働かない夫の分も含めて悪戦苦闘の毎日を送る。

・夫ブリュッヒャーはその後政府の機関の調査助手となり、陸軍でドイツ軍史の講師を経て、最終的にはバード・カレッジで教授となり、1968年死亡するまで勤務。だがその夫が浮気をしていることにアーレントは気づいていたらしい。ロシア系ユダヤ人女性ローズ・ファイテルソン(アーレント『思索日記(Ⅰ)』72頁)との仲を暗黙に認めながらも、いわゆる「仮面夫婦」とはならずに、政治や哲学について夫と討議し、また離れた際にはその体調を気遣った。

 『全体主義の起原』で一躍脚光を浴び、『イェルサレムのアイヒマン』でユダヤ人団体からのネガティブ・キャンペーンを受けるという良く知られた大きな事件以外にも、こういったエピソードがあり、さらにこのヤング=ブルーエルによるとまだまだ逸話は満載である。ヤング=ブルーエルが凄いのは、こういった偉大な研究がありながらも、いわゆる「アーレント研究」に特化することなく、政治思想トとは遠い精神分析の仕事(おそらくはヤスパースとの関係だと思われるが)をしていることである。近年彼女が記した『アーレントはなぜ重要か』については既に『図書新聞』のほうで書評したが、これについても別の機会に記したいと思う。

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