政治における「美徳」とは何か:補足(2) マッキンタイア After Virtue について
・コミュニタリアンが「美徳」について語るとき、それが傾聴に値するかどうかは「美徳」の中身を批判的に検証しているかどうかにあると私は思う。脳天気な「美徳」の賞賛は教育勅語の徳目を説教するのと何ら変わらない。その点でサンデルは「美徳」を支えるコミュニティの価値観の相対性に敏感であったし、またコミュニタリアンの代表者とされるマッキンタイアも「美徳」を強調しながらも、アリストテレスのそれが以前のものと異なる点を After Virtue『美徳なき時代』で強調している。
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・マッキンタイア『美徳なき時代』After Virtue に従うと、アリストテレスの「美徳」arete は、(a)ホメロス時代の英雄のものとも、(b)アテナイ社会のものとも異なる。
・もともとのギリシアでのアレテーとは何らかの秀でた行為や能力(その点で「卓越性」と訳される場合が多い)であり、ホメロスの英雄時代では血縁集団(=コミュニティ)での役割と地位と密接に結びついていた。例えば「勇気」という徳は個人の特質だけではなく共同体全体を保全するものとして賞賛されており、それは中心的な徳目として「友愛」や「死に立ち向かう運命」という概念と深い関係にあった。「狡猾さ」も勇気を補い共同体を危機から救う点で賞賛されるものであり、『オデュッセイア』の中で巧みに描かれている。このように物語や叙事詩の中で、共同体に相応しい役割を演じることが英雄社会でアレテーとして賞賛されるのであって、この点でニーチェの語る個人主義的英雄と、ホメロスのものとは根本的に異なる。
・アテナイのようなポリス社会が形成されるにつれて、その「美徳」もホメロス時代のものから大きく変わる。それは単に「競争的」なものから「協力的な」」ものに変質したわけではない。最大の変化は、友愛、勇気、自制、知恵という徳目がコミュニティにおいて自明なものではなく、それがなぜ徳なのか、また解釈の競合(アゴーン)が行われるようになった点にある。それらはポリスでの生活が善き生活であること、「謙遜」「倹約」「良心的」というキリスト教的徳目と無縁であったことでは一致していたが、その徳のパッケージと定義をめぐって抗争が繰り広げられていた。こうしたソフィスト等による徳の競合、相対主義を批判したのがプラトンであったことは有名である。
・マッキンタイアは、アリストテレスを伝統の再生者かつ刷新者として位置づける。すなわち一方ではプラトンによって追放されたホメロス的英雄らのアレテーを再生させると同時に、他方においてその「美徳」の特殊性(コミュニティ性)を普遍的次元へ転換させた点にアリストテレスの意義を見出す。
・マッキンタイアはサンデル同様にリベラリズム批判としてアリストテレスの意義を認めているが、他方ではその相対性の問題を綿密に検討している。(1)ホメロス的な社会的役割と結びつくタイプ、(2)個人が達成すべきテロスと結びつくタイプ(アリストテレス、新約聖書、アクィナス)、(3)現世的成功との功利性と結びつくタイプ(フランクリン)、という異なるタイプがあり、かつ一方での徳が他方での悪徳(たとえばフランクリンにおける勤勉さによる所有は、古代ギリシアでは悪徳である)ることを認めつつ、それらになお共通するものがあるという立場を取っている。
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