『人間の条件』補論a: work の政治学
・アーレントは『人間の条件』で「労働」laborと「仕事」workとを区分しましたが、食べるための「労働」ではなく誇れる「仕事」を!(就活セミナー風)、という解釈は違うと思います。 work(herstellen)はモノを作る行為全般で「制作」と訳した方が理解しやすいでしょう。「よい仕事」の思想は19世紀工場労働批判でのウィリアム・モリスなど多様な論者が論じており、そちらの議論の方がよほど参考になります。
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・ところで、この「仕事-制作」と政治との関係について、アーレントはプラス面、マイナス面の両面を論じています。つまり一方では、work は 建築物や芸術作品など「世界」に耐久性を与え、action の条件となる人工的空間をつくりだす点で親和的ななものと捉えられています。また芸術家、詩人、歴史編纂者、記念碑建設者、作家ら〈工作人〉の助力によってのみ action の言葉は消滅を免れることができる、ともされています[第23節]。
しかしその他方で、モデルに基づいてモノをつくるという work それ自体は、政治の actionとは異なることが度々強調されています。この点で、イデアというモデルに従ってポリスを作り上げようとしたプラトンの政治哲学が批判の対象とされています。他者へ言葉で働きかける action は常に不確かで不安定なものですが、その不確かな政治的行為をモノづくりworkに置き換えようとしたことがプラトンの根本的誤りであるとアーレントは指摘します[第31節]。一度発せられた言葉はどのような帰結を生み出すか予測できず(=不可予言性)、そのプロセスそれ自体はもとに戻すことはできず(=不可逆性)、そしてこのプロセスは誰のものでもないのですが(=匿名性)、こうした不確かで不安定な action を work で置き換え、「支配-服従」概念で把握しようとしたことへの批判が、『人間の条件』の主旋律の一つとなっているようです。
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